(1)不良貸宅地に悩むYさんに相続が発生
都内某所に居住するY家は、何代か続いている地主であり、戦前から貸宅地を保有していました。Yさんの父は今から25年前に亡くなり、母がほとんどの財産を承継し、その財産を長男であるYさんが管理していました。
Yさんの悩みは貸宅地の地代を引き上げたいということでした。Y家が保有している土地のうち、図の一画地は固定資産税等の公租公課が地代収入を上回る逆ザヤ状態を呈し、Y家の財産の中で問題の土地となっていました。逆ザヤの原因は地代の安さだけではなく、B地が未利用であったことにもあります。G地は幅員が2mしかないため、B地を駐車場にすることもできませんでした。C,D,Eの貸宅地の借地権者はみな高齢者であり、しかも借地人組合に加入していて、地代の値上げもままならないという状態でした。
Yさんがこの一画地の処理にあれこれ頭を悩ませている最中に、相続が発生してしまいました。Yさんは49日の法要も終わらないうちに、私のところに相談に来ました。Yさんの母の財産の相続税評価額は約7億円、相続税は約2億円程度という数字をYさんの顧問税理士が簡易計算していました。財産は他に駐車場用地などがありましたが、Yさんは図の一画地を納税にあてたいと考えていました。ところが顧問税理士は、この一画地を物納することはできない、と回答していました。理由は貸宅地の分筆は困難(この一画地は売却済みのA地を除いて未分筆)ということでした。
私は早速現地を調査し、現状を分析しました。すると新たに様々な問題点が発見できました。まず隣地の所有者との境界承諾が難しいこと。D,E,F地の隣地であるH地の所有者は相続人未確定で、境界承諾のためには相続人全員の印鑑が必要という状況でした。また、B,C地の隣地であるI地は国有地(水路)ですが、従前に売却していたA地の地権者がその存在を認めていませんでした。
(2)登記官、納税徴収官と協議し、難題を解決
Yさんに調査結果を報告しましたが、ダメモトでトライしてほしい、と懇願され、B,C,D,E,F,G地の物納を申請しました。このすべてが収納されると相続税額を上回ってしまう超過物納ですが、収納されない危険性を考慮して多めの申請にしました(注:現在の税制では超過物納は認められませんが当時はOKでした)。
測量士と相談し、利用区分ごとに測量を進行させていきました。その結果、前述したH地とI地がからまない場所(C,Dの南側とCの東側)の境界が確定できました。国有地であるI地の南側の推定ポイントを現況でポイントと思われる場所から約10cmずらすことを国と協議し、B地の周囲の境界も確定することができました。
難題のH地に関しては、相続人未確定であり、対策を考えつきませんでしたが、登記官と交渉し、「相続人代表の実印があれば民々の境界確定は可能」との回答を得ることができ、事なきをえました。残りは公道であるJとの官民査定です。ポイントをA地から約10cmほどずらしたG地内に置き、官民の境界を確定することができました。B地、G地を残地扱いにして、残りの土地をすべて境界確定することができました。その後の調査で、F地の借地人は借地を返還してくれる可能性があることがわかりました。
従ってF,B,G地の物納申請を取り消し、C,D,E地の収納を目指しました。これらの土地が収納されるか否かのポイントは地代にありました。借地人の方々の話しを聞いているうちに、彼らが将来、借地権を売却したいとの考えを持っていることが判明しました。そこで、彼らに対して「将来の売却のためにはいったん底地を買って完全所有権にすることがベターである」と説き、物納申請を納得してもらいました。また収納された後に国から底地を購入できることも教示し、収納に協力してもらうための地代の値上げに成功しました。
さて、ここでまた難題がもちあがりました。納税徴収官から「収納のためには隣地であるH地の相続人全員の実印が必要である」との指摘を受けました。民々の境界確定時には相続人代表の印でOKでしたが、物納はより条件が厳しかったのです。ところが、H地の相続人の中には海外居住で連絡がとれない人がいることがわかりました。納税徴収官と相談したところ、「相続人代表としての確約書を提出することでOK」との承諾を得ることができました。
これですべてが終わったとほっとしたのもつかの間でした。「現在はB地とG地は一体であり、G地の位置を確定させ、C,D,E全員の持ち分をつけてほしい」という新たな要望がもちあがったのです。そこで再び徴収官と協議し、「将来にわたってC,D,E地の人間がG地を無償使用することを許可するという念書を国に差し出す」ことで了解を得、晴れてC,D,E地を収納していただくことになりました。ここに至るまでには1年半の年月を要しました。山と谷が連綿と連なる日々でしたが、収納が決定したときのYさんの譬えようのない笑顔を拝見すると、それまでの苦労が吹き飛んだ感じがしました。
(3)物納には収益力の低い土地を優先すべし
さて、その後、YさんはG地を無償使用できるという条件を提示して、B地を売却することができました。その資金でF地の借地権付き建物(アパート)を買い戻して、新たに建て替えをし、今では年間500万円ほどの収入を得ることができています。
まさに災い転じて福となすという典型となりました。相続を契機に不良貸宅地を処理し、収益力アップに成功したのです。
私がこの事例で得た教訓は、一見すると物納不適格と思える土地であっても、方策しだいでは物納は可能であるということでした。Yさんはこの一画地以外にも優良宅地を保有しており、そこを手放さずに済んだのです。物納にあてる土地は、所有地の中で収益力が低い土地を優先してあてるべきと言う法則に確信を抱いたわけです(注:平成18年の制度改正によって物納は極めて困難になりました)。